今回の問題のちょっと前から感じていたことが有るので、ちょっと書いてみます。今回の、教育に「愛国心」を入れるか、という問題については、以前も書いたとおり、せばっちゃんとしては愛してなくても良いじゃん、というスタンス。
でも最近、愛国心というかナショナリズムというか、その辺を使って盛り上がるのが流行っているのかな、という感じを受けていました。
例えばオリンピック。もちろん国別の対抗戦であるので、むかしからナショナリズムをくすぐることで盛り上がるものではあるんだけど、マスコミとか企業スポンサードとかが増々「がんばれニッポン」的な盛り上げ方を最近しているような気がしています。娯楽の少ない時代でこそ「みんながオリンピックで自国を応援」となるだろうけど、価値や好みが多様化しまたそれに応える様々なメディアがある現在であれば「オリンピックなんて興味ない」という人が増えて当然だと思います。しかし、マスコミなんかはやはりみんなが同じものを見てくれた方が都合が良いので、多数の共感を得易い「愛国心」をくすぐっているのではないか、という気がしています。
これはオリンピックや日本に関するだけの話ではなく、例を追加すれば本来競技している国が少なくて国別対抗戦が成り立ち難い「野球」(オリンピックからも外されますよね)という競技でなかば無理矢理?国別チャンピオンシップを設けてみたりすることからも、同じニオイを感じるのですが。サッカーのワールドカップも、国の枠を超えたハイレベルでの戦いを純粋に見たい、ということであればチャンピオンズリーグで良いのに、ワールドカップの方が盛り上がるし、なにより嫌な面でのナショナリズムを浮き彫りにすることがありますよねワールドカップって。
自国を愛するのは良いことだとしても、他国と競争して勝つことやそれを喜ぶことが自国を愛することなのか、とかそういうナショナリズムが(競技への単純な熱狂以外)何かを生み出すのか、とか冷静になってみると考える余地は有るのではないでしょうか?
そんなわけで、ワタシはWRCにおいて、単に日本のスバルに乗っているからペター・ソルベルクを応援、ではなく純粋に惹かれるセバスチャン・ローブを応援するわけです。
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